Masato Hara

Culture Weaversと題して、異なる文化の架け橋、国境を超えた文化交流につながる仕事をされている方にインタビューをしていきます。記念すべき第1回は、フランス語圏の漫画である“バンド・デシネ”を中心に翻訳者として活躍されている原正人さんにお話を聞きしました。

原正人

フランス語翻訳者
2008年に日本発のバンド・デシネ専門誌『ユーロマンガ』(飛鳥新社)で翻訳者としてデビュー。
その後、約60タイトル、約100冊のバンド・デシネを翻訳。
2020年からはサウザンブックス社のコミックレーベル「サウザンコミックス」にて編集主幹も務め、2024年4月時点で5冊の海外マンガ(バンド・デシネ2冊、コミックス1冊、台湾のマンガ1冊、チェコ・コミック1冊)を出版。

主な翻訳作品
アレハンドロ・ホドロフスキー作、メビウス画
『アンカル』(小学館集英社プロダクション、2010年)
ブノワ・ペータース作、フランソワ・スクイテン画
『闇の国々』(全4巻、共訳、小学館集英社プロダクション、2011~2013年)
バスティアン・ヴィヴェス
『塩素の味』(小学館集英社プロダクション、2013年)
『ポリーナ』(小学館集英社プロダクション、2014年)
『年上のひと』(リイド社、2019年)
トニー・ヴァレント
『ラディアン』(既刊18巻、飛鳥新社、2015年~)
SHONEN
『超級装備で無双して、異世界王に俺はなる!』(既刊5巻、講談社、2022年~)

主な監修作品
『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社、2013年)
『アイデア』393号「特集:世界とつながるマンガ 海外マンガのアクチュアリティ」(誠文堂新光社、2021年3月)

原さんのお仕事の一部

バンド・デシネ翻訳者になったきっかけを教えてください。

僕はもともと大学院でフランス文学を勉強していたのですが、2004年の春に修士課程を修了し、働き始めました。仕事がある程度落ち着いてきたタイミングで、やっぱりフランス語を使って何かできないかなとあれこれ考えるようになったのですが、そのときに改めて発見し、興味を持ち始めたのが、バンド・デシネでした。当時はバンド・デシネについて何も知らなかったので、まずは作品そのものやバンド・デシネを紹介した記事・本を読んで勉強し、自分が勉強したことをSNS(mixi)でアウトプットするということをしました。

そうこうするうちに「バンド・デシネ研究会」というリアルの集まりを月1ペースで開催することになり、その流れで、あくまで個人の楽しみの延長として、身の回りの人に未邦訳のバンド・デシネを個人的に翻訳して、読んでもらえたらいいなと思うようになりました。当時、バンド・デシネの邦訳は今よりもずっと少なく、日本語で読めるものは限られていたのです。

これが翻訳をしたいと思うようになったきっかけで、実際、いくつかの作品を翻訳しました。やがてバンド・デシネ研究会の仲間だったフレデリック・トゥルモンドが『ユーロマンガ』という雑誌を立ち上げることになり、彼に声をかけてもらって、2008年に翻訳者としてデビューできることになりました。

やりがいを感じるのは、どんな時ですか?

優れたバンド・デシネを日本語に翻訳できるだけで既に十分楽しいのですが、とりわけ日本のマンガとバンド・デシネの影響関係を感じさせる作品を翻訳するときにはやりがいを感じます。例えば、1970年代以降注目されるようになったメビウスという作家は、何人もの日本のマンガ家やイラストレーター、アニメーターに影響を与えたと言われていて、そのメビウスの作品を翻訳することには歴史的意義のようなものすら感じます。

逆にかつてバンド・デシネから影響を受けたこともあった日本のマンガが、特に2000年代以降はバンド・デシネにも大きな影響を与えています。そういった流れの中から誕生した作品に、例えば、トニー・ヴァレントの『ラディアン』がありますが、そうした作品を翻訳できることも翻訳者冥利に尽きます。

また、必ずしもマンガの翻訳に限ったことではないですが、翻訳者はしばしば翻訳に当たって、自分が詳しく知らない領域について勉強しなければなりません。それは時にとても大変なことなのですが、同時に喜ばしいことでもあります。

原さんを取り巻く業界はどのように変化してきましたか?

改めて振り返ると、僕がデビューしたゼロ年代末は、その少し前の、海外マンガの翻訳があまり多くない時期から、どんどん増えていく時期への移行期だったのではないかと思います。ちょうどその頃からスーパーヒーローもののアメコミ映画が増えていったこともあって、スーパーヒーローもののコミックスの翻訳が年々増えていきました。

その傍らで、北米のコミックス以外の海外マンガも、少しずつではありますが、いろいろ刊行されるようになっていき、その中にバンド・デシネもありました。

僕が翻訳をし始めた当初は、ある意味日本のマンガとは対極的な、オールカラーで“アート的”なバンド・デシネが翻訳されることが多かったと思います。ところが、それから数年のうちにそういった邦訳バンド・デシネが急増し、その結果として飽和してしまった印象がありました。その後もバンド・デシネは翻訳されていますが、一時期に比べると刊行点数が減り、アートが強い作品よりも、社会問題などを扱う、テーマ性が強い作品(LGBTQ、移民、etc)が増えている気がします。

邦訳海外マンガ全般ということでいうと、ここ数年は北米のコミックスやバンド・デシネとはまた異なる、これまで日本ではあまり目立っていなかった国・地域のマンガの翻訳が増え、盛り上がってきています。

今現在特筆すべきはウェブトゥーンを中心とした韓国のマンガの翻訳ですが、これだけ韓国のマンガの翻訳が増えるということは、2010年代の前半~中盤には想像できませんでした。アジアでは台湾のマンガもここ数年で一気に翻訳が増えました。アジア以外だと、2010年代の後半以降、北欧のマンガもいくつか翻訳されるようになり、イタリアのマンガもまだポツポツという感じですが、少しずつ翻訳されるようになってきています。

僕が編集主幹をしているサウザンコミックスでは、2023年にパヴェル・チェフ『ペピーク・ストジェハの大冒険』(ジャン=ガスパール・パーレニーチェク、髙松美織訳、サウザンブックス社)というチェコ・コミックを刊行しましたが、チェコ・コミックが邦訳されるのは、これが初めてだったりします。

そのような変化の中で、原さんのお仕事には変化はありますか?

バンド・デシネの翻訳者としての仕事の仕方に大きな変化はありませんが、僕が編集主幹をしているサウザンコミックスでは、クラウドファンディングで制作費を集めて出版するという方式を採用していて、クラウドファンディングという選択肢ができたのは大きな変化だと思います。

僕は出版社に持ち込みを多くするタイプの翻訳者で、持ち込んだ作品が編集者に気に入られて、企画が通ればなんの問題もないのですが、実際にはそううまくいくものでもありません。持ち込んではみたけれど、日の目を見なかった作品は何十冊もあります。

サウザンコミックス第1弾のダヴィッド・プリュドム『レベティコ-雑草の歌』(原正人訳、サウザンブックス社、2020年)という作品がまさにそうで、僕はこの作品を10年間、さまざまな出版社に持ち込みましたが、結局翻訳することはできませんでした。

ところが、こういった作品でも、クラウドファンディングで支援してくれる人がいれば、翻訳出版することが可能になります。もちろんクラウドファンディングで本を作ることにも、それはそれで苦労があるわけですが、邦訳海外マンガというニッチなジャンルで、そもそも企画が通らないことに頭を悩ませてきた者にとって、これはかなり画期的なことです。

2024年4月時点で出版されているサウザンコミックスの海外マンガ

国内外の業界関係者との繋がりを深める中で、文化や業界の「ギャップ」や「壁」を感じたことはありますか?

「ギャップ」や「壁」を感じたことは国内でも国外でも何度もありますが、結局はなるようにしかならないので、相手としっかり向き合い、コミュニケーションを尽くして、それでもダメなら諦めるということしかないのかなと思います。

外国語でそれをするのはなかなか大変なことですが、面倒なことをしなければならないときこそ、いい勉強だと思うようにしています。

Culture Weaver合同会社が、業界で果たすべき役割はどのようなものだと考えますか?

平柳さんとはデジタルカタパルト時代からのお付き合いです。

当時日本ではまだほとんど紹介されていなかった台湾やインドネシアのマンガを電子書籍の形で翻訳出版されていたのは、すばらしい挑戦でした。当時のデジタルカタパルトの功績は、それから数年経った今、ようやく実を結びつつあると思います。

マンガはさまざまなレベルで、今後一層グローバルになっていくはずで、平柳さんおよびCulture Weaver合同会社には、その名の通り、文化の巨大な織物を織りあげる仕事を、マンガという分野で、国境にとらわれることなく、ぜひなしとげていただきたいと思います。

いま取り組んでいるプロジェクト、最近リリースした作品などがあれば教えてください。

2024年4月現在、サウザンコミックス第8弾となるエメー・デ・ヨング『ハチクマの帰還』を翻訳出版するためのクラウドファンディングを準備中です。

エメー・デ・ヨングはオランダを代表する女性作家で、外務省が主催する日本国際漫画賞で二度も受賞歴がある作家なのですが、彼女の作品はあいにくまだ日本語に翻訳されていません。オランダのマンガの翻訳がそもそも少ないですし、ぜひ日本語で読めるようにしたいと思います。

まだクラウドファンディングは始まっていないのですが、作品の概要や発起人の意気込みをお読みいただける準備ページをご用意しています。よかったらぜひご覧ください。ご興味がある方にはいち早く情報をお届けしますので、「お知らせを受け取る」ボタンからメールアドレスをご登録ください。

また、不定期で、平柳さんと一緒に「世界のマンガについてゆるーく考える会」というイベントを開催しています。参加者の方々が持参してくれた海外マンガ(毎回多くの海外マンガが集まります)を眺めながらワイワイおしゃべりしたり、何か発表するネタがある人がいれば、その人の発表を聞いたり、という海外マンガ好きのためのイベントです。

2024年4月17日(水)の夜に久しぶりに開催しますので、ご興味がある方はぜひご参加ください。初めての方も大歓迎です。

お問い合わせ先

サウザンコミックスを通じて、世界中のマンガをどんどん日本語で読めるようにしていきたいと思っています。出版社に持ち込んでみたけど、色よい返事をもらえなかったという方、そもそも海外マンガをどうやって翻訳出版したらいいかわからないという方、サウザンコミックスという選択肢がありますので、Websiteメールから気軽に原までご相談ください。